8月末をもって、丸庄建設の70期を終えました。

詩家を立ち上げたのは2025年5月。

この一年、詩家を世の中に広めることは、正直ほとんどできていません。ただ、広めることより先に、やるべきことがあると思っていました。

社内に浸透させること。
設計や施工、言葉や振る舞いの判断基準を揃えること。
そして、ブランドの芯を、私自身がさらに深く掘り下げることです。

もちろん、広められなかったことの言い訳にはしたくありません。

けれど、言葉や見た目だけが先に広がり、つくる家や会社の判断が追いついていないブランドにはしたくありませんでした。

ブランドとは何か。

ありきたりな答えなら、ロゴや見た目、デザインの統一という話になるのかもしれません。

私にとって、ブランドの出発点は信念です。ただ、信念を持っているだけではブランドにはならない。

何を選び、何を選ばないのか。その判断を積み重ね、設計、施工、言葉、対応のすべてに一貫して表れたとき、初めて誰かの中に、

「あ、これは詩家らしい」

という感覚が残る。

それがブランドだと思っています。

こうして並べてみると、家の形も、屋根も、使っている素材も、一つではありません。

和風でも、洋風でも、シンプルモダンでもない。
そもそも、どこかのジャンルに当てはめること自体、あまり重要ではないのだと思います。

それでも、光の入り方や景色の切り取り方、素材の重なり、線の細さ、余白の取り方には、共通する感覚がある。

形を揃えることではなく、

「あ、これは詩家独特の感じだよね」

と、自然に感じてもらえることが大切なのだと思っています。

私たちが目指しているのは、型としての一貫性ではなく、感じ方としての一貫性です。
それを、私は「詩的」と表現しています。

デザインとは、単に何を格好よく見せるかではありません。

そこで景色を見たときに、どう感じるのか。
光が差し込んだときに、どんな気持ちになるのか。
一人で過ごすときに、心がどのように静まるのか。

何を形にするのかではなく、そこで人がどう感じるのかを設計すること。

それが、私の考える詩的なデザインです。

言葉にしようとすると難しく、おしゃれだとか、心地がいいとか、それだけでは少し足りない。

けれど、確かに感じるものがある。

侘び寂びや陰影、季節の移ろい、余白、乙と感じる心。
そうした日本独特の感性を、一つにまとめて表現できる言葉が「詩」なのだと思います。

定型詩である俳句を思い浮かべると、分かりやすいかもしれません。

季節を感じること。
一瞬の景色を切り取ること。
すべてを説明せず、受け取る人の想像を掻き立てること。

そして何より、それらの舞台にあるのは、特別な出来事ではなく、ごく身近な日常です。

詩家のトップページには、

かけがえのない「日常」こそ、本当は、特別で贅沢なもの。

という言葉を掲げています。

ただ、そう言うだけなら誰にでもできます。

では、それをどのように建築へ変換するのか。

窓をどこに設けるのか。
光をどのように取り入れるのか。
何を見せ、何を隠すのか。
どの素材を選び、どのように納めるのか。
完成した瞬間だけでなく、そこで何十年と暮らしたときに、どう感じるのか。

その問いに対して、大切にするべき要素を導くための答えが、私たちにとっての「詩」です。

家づくりを、数字や見た目だけで比較しても、本質には届かないと思っています。

それでも、詩家の違いをあえて一つ挙げるなら、日常の中で人がどう感じるのかを、設計の中心に置くための概念があることです。

これは、10年前に自分自身の家づくりをした中で得た、最大の発見でもあります。
最高の家を求めて建てたはずなのに、日常の中にある一番大切なものを、私は見失っていました。
そのことに気がついたのは、住み始めて丸6年が経ってからです。
家そのものに大きな不満があったわけではありません。

けれど、庭や景色を整え、窓の外に目を向けるようになったことで、今まで見えていなかったものが見えるようになりました。

季節の変化や、朝の光、雨の日の静けさ。
家の中で心が整い、自分の機嫌を自分で取り戻せる時間。

理想が先に分かっていたのではなく、暮らしを整えていく中で、自分にとっての理想が見えるようになったのだと思います。

そこから第一歩を踏み出し、ブランディングに今日まで丸4年を費やしてきました。

「暮らすを、最高の歓びに。」

これは、詩家のブランドビジョンです。

日常に目を向ければ、今まで見えていなかったことが、こんなにも見えるようになる。

誰かの暮らしを真似するのではなく、自分はこれからどう暮らしていきたいのかを、自分自身で見つけられるようになる。

そうなれば、何気ない日々は、今よりもっと輝くのではないかと思っています。

私自身の暮らしの中で見つけた理想を、これから家づくりをする皆さんと共有したい。

そして、このビジョンを私一人で叶えるのではなく、社員や職人、多くのお客様と一緒に実現していきたいと思っています。


3年をかけて完成した、子どもたちの居場所

そして70期には、プロジェクトの始動から丸3年をかけた建物が、ようやく完成しました。

大垣市の民間学童施設、どろんこ子どもクラブです。

本当に長いプロジェクトでした。

けれど、その分、私たちが住宅で培ってきた考え方を、住宅とは異なる建物でどこまで生かせるのか、深く考える仕事になりました。

想いについては昨年のブログの通りです。

建物の性能は、普段の住宅で大切にしている考え方をそのまま生かし、学童という用途に合わせて強化しています。

連日の猛暑の中でも、朝、建物に入るとヒヤッと涼しく、全面を屋久島地杉で囲んだ空間には、木の心地よい香りが広がっています。

最大の見せ場は、子どもたちの「ドッヂボールがしたい」という要望を叶えた、10メートル×6メートルの大空間です。

一般的な木造在来工法でありながら、木造建築の可能性を広げる、圧倒的な室内の広さを実現しました。

構造は耐震等級3。
断熱性能はUA値0.4。
換気にはルフロによる第三種換気を採用しています。

照度計算や空調負荷計算も行い、子どもたちのハードな使用に耐えられる内装仕上げや、維持管理のしやすい建具、設備を選定しました。

水回りもビニールクロスに頼らず、長く使い続けることを前提とした、耐久性とメンテナンス性の高い仕様としています。

ただ、こうした性能や仕様は、それ自体を誇るためのものではありません。

子どもたちが暑さや寒さを気にせず、遊ぶことや学ぶこと、友達と過ごすことに夢中になれるようにする。
そのための土台が、建物の基本性能です。

外観には、深い軒を設けました。
雨の日に保護者の方のお迎えが重なっても、傘を差したまま慌ただしく待たなくていいように。

晴れた日には、もちろん子どもたちの遊び場にもなります。

建物は二棟に分かれていますが、その間に設けた中間領域を室内と連続させることで、二つの建物を緩やかにつないでいます。
単なる通路ではなく、室内でも屋外でもない、子どもたちの活動を受け止める、もう一つの居場所です。

住宅で普段つくっている空間や性能を、学童という用途に合わせて組み直した、とても贅沢で丈夫な建物になりました。

学童は、子どもたちにとって放課後を過ごす第二の家でもあります。

朝入った瞬間の涼しさも、屋久島地杉の香りも、思い切り走り回れる大空間も、雨の日を受け止める深い軒も、すべては子どもたちの日常を豊かにするためにあります。

住宅ではありませんが、この建物もまた、

「暮らすを、最高の歓びに。」

という私たちのビジョンを、まっすぐに形にした仕事の一つになったと思います。


昨年の記事の最後に、「大きく変わることはないけど、こつこつと、確実に。」と書きました。
外から見れば、70期も、大きく変わった一年には見えなかったかもしれません。詩家を広く知ってもらうことも、十分にはできませんでした。

けれど内側では、

何をつくるのか。
なぜ、それをつくるのか。
何を選び、何を選ばないのか。
その建物によって、どのような日常を生み出したいのか。

これから先も変わらない、大切な判断の基準が、少しずつ形になってきました。

広めることはできなかった。
でも、何を届けるのかは、以前よりはるかに明確になりました。

71期は、70期に磨いてきたものを、少しずつ外へ届けていく一年にしたいと思います。

私たちの家づくりを必要としている人に、建物と、行動と、言葉を一致させながら、きちんと届けていく。

その象徴として現在、詩家の考えを集約したモデルハウスの建築が始まっています。

写真や言葉だけでは、どうしても伝えきれないものがあります。

光の入り方や、窓の先にある景色。
素材に触れたときの感覚。
そこにいるだけで心が静まり、その静けさの中で、ふと心が動く瞬間。

私たちが「詩的」と呼んできたものを、暮らしとして体験できる場所にしたいと思います。

今期も、こつこつと、確実に。