昭和二十一年創業、
長い歴史を
この先に繋ぐために。


丸庄建設の歴史は古く、創業は堀口建築として昭和21年と記録が残っております。元々は岐阜市岩利で祖父の家族で建築業をしていたそうですが、現在の鏡島の地に祖父が分家し、建築業と材木商を始めたのが当社の始まりです。

「和助」「和作」、そして丸庄建設創業者「庄一」、二代目「寛次」と家系が続いており、三代目である私が家づくりに興味を抱いたのはごく自然なことにも思います。

そんな歴史の長い当社、戦後の苦しい時代に独立・創業した祖父の想いはきっと、戦争も終わり平和な時代がやってくることを胸に抱き、多くの人の暮らしを支え、物心ともに豊かな時代を築きたいと思ったのではないでしょうか。

そんな思いを受け継ぎ、父は常にお客様の要望に応え、祖父から受け継いだ会社を現代まで繋いだ、それはそれは険しい道のりでした。だからこそ私が会社を継ぐと言った時には猛反対された事をよく覚えています。

私はデザインや建築が好きで設計事務所に8年、webデザイナーとして2年働き、働く中で「100年企業を目指す」という考えを知り、衝撃を受けると同時に、私の使命は丸庄建設を創業100周年迎えさせる事ではないか、これは自分にしかできないと両親の反対を押し切り後を継ぐに至りました。

改修工事もしてきたからこそ
家の耐久性や
素材の大切さが分かる。


代表取締役 堀口直哉

祖父の創業時には新築の家を多く建てさせていただき、地元鏡島で多くの仕事をさせていただきました。父の代では祖父が建てた家のメンテナンスや改修工事を多く行ってきました。

私が丸庄建設で働くようになった頃は改修工事を多く担当し、丸庄建設がどんな家づくりをしてきたのかを身をもって体感することとなります。

祖父の建てた家の改修工事を行うことも多く、その時気がついたのは無垢の床材は50年以上経っても耐久性は維持しながら、風合いは古く味わいのあるものでした。外壁はラスモルタル下地にリシンの掻き落とし仕上げ。僅かにヒビはあるものの、ほとんど痛みのない美しい外壁。どこも丁寧な仕事。

これが創業者である祖父の想いだったのか、と。

創業時からの想いや仕事に対する姿勢、そういったことまで受け継ぎ、家の耐久性や素材の良さなど、時を経て分かったことを、現代の家づくりに取り入れる。

これからも絶対に変わらない受け継いだ思想と、今の時代に合わせ常に変化し続ける手法。まさに不易流行こそ、丸庄建設が大切にしていきたい考え方です。

私たちは
「家」を造ることだけでなく、
その先にある暮らしを一緒に考え、
創りたいと思っています。


どのように100周年を迎えたいかという問題、すなわち会社の存在意義に真正面から向き合い、この物質的に恵まれた時代に暮らす今だからこそ「暮らしの喜びを伝える会社、心ゆたかな暮らしを支える会社」でありたいと、家だけを提供するのではなく、その先にあるお客様の暮らしにもっと寄り添った存在でありたい。

平和な時代に生まれたと思い暮らしてきた今までが嘘のような時代。想像もつかない自然災害、世界不況、新型ウイルスや戦争といった世の中。豊かな時代を築きたいと思うのはいつの時代も変わりません。

丸庄建設が今まで紡いできたあり方を受け継ぎ、今の時代に求められる家づくりで、当社にしか出せない色を乗せて、お客様の心ゆたかな暮らしのお手伝いをする。

家を造ること、それは多くの人の人生を支えること。

お客様の人生がよりよくなるように。

携わる職人も、自分の仕事を誇れる人生であってほしい。

そして私たちの人生も、家を創ることが心から喜べるものになるような、そんな家づくりをしたいと思っています。

丸庄建設 事務所

詩的感動の暮らしを提案するHagumi

企業理念

いつの時代も変わらぬ想いを。

会社概要

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